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小学3年で母親が入院し、中学1年の冬に母親を亡くした僕は、社会の例に漏れることなく自由な道を歩いてきた。(一般的には非行と言うようだ)
別に僕は悪いことがしたかった訳ではなく、ほっといてほしかっただけなのだが・・・。
今も交流がある中学1年の時の担任は、家庭訪問の時に母親が病院から一時的に戻ってきて応対したのだが、「私は母親にはなれませんが、父親にはなれるので、何なりと言ってくれればいい」と母親の前で宣言したのである。
そのときに特別な思いは無かったのだが、中学を卒業する頃になると、陰で本当に支えてくれたことが解った。
その先生のお母さんが昇天されて、しばらく学校に来れなかったときが最悪だった。
担任のかわりに来た先生が誰だったのか忘れてしまったが、
「◇◇先生はしばらくお休みになられます。今日のお通夜ですが級長の△△君は代表で出ますが、行きたい人がいたらお参りしてあげてください」と言われた。
母親の前であんな事を宣言してくれる先生だし、僕も行ってこようと思いお参りに行ったら、朝はお参りしてあげてと行った奴が「お前は何をしに来たんだ」と言いやがった。
信じた僕は大勢の前で赤っ恥をかかされた。
まぁこれがきっかけでも無いが世の中で偉い立場にいる奴は信じられなくなった。
知らない人について行ってはいけないとは、教師も含めての話だったのだ。
世の中は上手に物事を後世に伝えるもんだと勉強になった。
話は戻るが、その担任の先生は僕の子供が中学の時に校長先生としておられ、何回も校長室に遊びに来いと誘ってくれた。
表裏のない良い先生だった。
しかしそのような高貴な部屋には行きづらい僕だった。
Posted by サバエシティーホテル at 13:19:15 |コメントを読む(0) |トラックバックを読む(0) |コメントを書く
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